明治日本の産業革命を支えた世界文化遺産「三池炭鉱」を世界に発信する! プロジェクト「世界遺産じゃなかばってん」第一弾! 炭鉱電車ば見せたか!の巻
カテゴリー:観光・PR
寄付金額 10,623,611円
目標金額:30,000,000円
- 達成率
- 35.4%
- 支援人数
- 294人
- 終了まで
- 受付終了
福岡県大牟田市(ふくおかけん おおむたし)
寄付募集期間:2015年9月1日~2016年3月31日(213日間)
福岡県大牟田市(おおむたし)

大牟田市には、日本の近代化を支えた三池炭鉱関連の多くの遺構が残っています。そして2015年7月8日、これらのうち「宮原坑」「三池港」「専用鉄道敷跡」が、「明治日本の産業革命遺産~製鉄・製鋼・造船・石炭産業~」として世界文化遺産に登録されました。これらの近代化産業遺産群を未来に継承し、国内外に発信していくためにご協力頂けないでしょうか。
みなさんのふるさと納税は、三川坑跡での炭鉱電車の展示・保存に活用させていただきます。
ふるさとチョイス限定の「三池炭鉱に関連したお礼の品」をご用意しています。
プロジェクトの最新情報
【2016.6.27】目標額の3,000万円を達成しました!
ふるさとチョイスでの受付終了後も、大牟田市ではふるさと納税による寄附受付を行い、この度目標額の3,000万円を達成しました。
大牟田市の中尾市長から皆様へのお礼メッセージをご紹介します!
炭鉱電車の移設・展示に向けたガバメント・クラウド・ファンディング(以下、GCF)にご参加いただいた皆様こんにちは。大牟田市長の中尾昌弘と申します。
本市に残る三池炭鉱関連施設が世界文化遺産の構成資産として登録されたことを受け、昨年9月から取組んでまいりましたGCFは、おかげをもちまして、6月27日、寄付の総額が目標額3,000万円に達しました。
取り組みの趣旨に共感いただき、ふるさとチョイスを通じて、または市役所に直接ご寄付をいただきました個人、企業・団体の皆様のご厚意に対し、心から御礼申し上げます。
今後は、いよいよ実際の移設、展示に取りかかってまいります。平成28年10月上旬の公開に向け、現在、保存屋の建設や移設作業の準備、銘板の製作に取組んでおるところです。
移設・展示が成った暁には、どうぞ大牟田市にお越しいただき、硬券切符での乗車体験やご自分の記念銘板探しをお楽しみください。多くの皆様のご来訪をお待ち申し上げます。
最後に、GCFを通じたまちづくりへの共感が、全国の他の価値ある取り組みにも広がり、日本全体が元気になることと、今回、このプロジェクトに関わっていただいたすべての皆様に重ねて感謝申し上げ、炭鉱電車GCF終了にあたってのご挨拶とさせていただきます。誠にありがとうございました。
平成28年6月27日
大牟田市長 中 尾 昌 弘
2015年7月8日に「明治日本の産業革命遺産-製鉄・製鋼・造船・石炭産業」が世界遺産に登録されました。

「明治日本の産業革命遺産-製鉄・製鋼・造船・石炭産業」は、幕末~明治時代にかけて西洋以外で初めて、かつ極めて短期間のうちに近代工業化を果たし、飛躍的な発展を遂げたことを示す施設群です。
重工業は日本経済を支える重要な産業です。これらの施設群は日本の重工業のはじまりであり、その後の発展に多大な影響を与えました。
イコモス(国際記念物遺跡会議)は「一連の産業遺産群は、西洋から非西洋国家に初めて産業化の伝播(でんぱ)が成功したことを示す」と評価されています。
そして、今回福岡県大牟田市の施設も世界遺産に登録されました。
福岡県大牟田市の「三池炭鉱関連資産」が世界遺産に登録!

世界遺産に登録されました「三池炭鉱関連資産」の特徴は、宮原坑や万田坑の坑口から炭鉱専用鉄道による輸送し、三池港からの積み出しに至るという一連の流れを把握することができることです。
炭鉱産業景観が良好な状態で残っていると高い評価も受けています。
日本一出炭量を誇り、日本の近代化を支えた「三池炭鉱」


明治6(1873)年、官営化された三池炭鉱は、長崎の高島炭鉱に続き、西洋の技術を導入し、近代化が進められました。 大正期には最大で出炭量51万トンを超えるまでになり、明治から大正期を通じて平均して年間40万トンの出炭を維持し、日本の近代化を支えてきました。
そして、1997年3月30日に閉山をし、その長い歴史を終えました。 現在、炭鉱関連の遺産が多数残っており、近代化遺産としての価値が評価され、2015年7月8日世界遺産に登録されました。

まちや人を包んだ炭鉱電車

炭鉱で採掘された石炭は港に運ばれます。石炭運搬効率化のため、炭鉱と港を結ぶ「三池炭鉱専用鉄道」が敷設され、石炭を運ぶ炭鉱列車が活躍しました。

上の図から分かるように、鉄道は大牟田のまちを丸く囲んでいます。炭鉱列車は三池炭鉱と三池港を繋ぐ重要な存在でした。



驚かれるかと思いますが、1878年当初は馬が車両を引く「馬車鉄道」でした。時代が進み日本が産業が発展するにつれて、1891年に「蒸気機関車」、1923年には「電気機関車」と輸送手段も発展していきました。
地域住民の身近にある電気機関車は、いつのころからか親しみを込めて「炭鉱電車」と呼ばれるようになっていました。

現在、鉄道は線路が撤去されていますが、枕木やレンガ造りの遺構、踏み切り跡などは残り、鉄道敷にはガス管や水道管などが敷設され、地域のライフラインとして今も稼動しています。
日本へ海外へ石炭を搬出する貿易港「三池港」


有明海は遠浅で干満の潮位差が最大5.5mと大きく、大型船の来航が難しいため、港ができる以前は、石炭を大型船に直接積み込みができず手間と時間をかかっていました。そこで、石炭を大型船で直接積載し搬出する為に築港されました。
明治35(1902)年11月3日、潮止めのための堤防構築工事から開始、明治37(1904)年5月に防砂堤工事完成、明治38(1905)年に閘門工事開始、明治41(1908)年3月末に渠内に入水して竣工しました。完成までに延べ262万人が作業しました。
同年4月1日、新港は「三池港」と命名され、6日には勅令第76号により開港場(外国との貿易に利用される港)に指定されました。
三池港をつくった男の”100年先を見据えた言葉”

三池炭鉱を発展させ、三池港をつくった三井の雄“團 琢磨(だん たくま)”は、明治41(1908)年の三池港築港に際し以下のように述べています。
「石炭山の永久などという事はありはせぬ。無くなると今この人たちが市となっているのがまた野になってしまう。これはどうも何か(住民の)救済の法を考えて置かぬと実に始末につかぬことになるというところから、自分は一層この築港について集中した。築港をやれば、築港のためにそこにまた産業を起こすことができる。石炭が無くなっても他処の石炭を持ってきて事業をしてもよろしい。(港があれば)その土地が一の都会になるから、都市として“メンテーン”(維持)するについて築港をしておけば、何年もつかしれぬけれども、いくらか百年の基礎になる」
今も現役で稼動する三池港は、百年の礎を考え、未来の大牟田市や人々の生活も見据えていた事業でした。

三池港の大きな特徴の1つに閘門があります。干満の潮位差が激しい有明海に対応するため、日本では珍しい、パナマ運河と同様の閘門式のドックを採用されています。
※閘門の扉は1枚の長さ12.17m、高さ8.84m、厚さ1.20m、重さ91.30トン
三井の雄“團 琢磨(だん たくま)”とは
明治4年(1871)、13歳で岩倉使節団に留学生として同行・渡米し、マサチューセッツ工科大学で鉱山学を学び、明治11年に帰国しました。
明治17年に工部省に入省、三池鉱山局で鉱山技師として勤務していましたが、三池炭鉱は国から三井への払い下げと共に、三池炭礦社の事務長に就任しました。
團琢磨は、三池港の築港、世界の最新技術の導入により、三池炭鉱の発展、わが国の近代工業化に多大な功績を残し、後に三井合名理事長まで登り詰めました。
炭鉱技術者としてだけではなく、経営者としても非常に優秀だったことが伺えます。
晩年は、日本工業倶楽部初代理事長、日本経済連盟会(経団連の前身)初代会長に就任しました。

三池炭鉱から石炭を運んでいた、貴重な「最古級炭鉱電車」を三池港に近くに展示します!

世界遺産に登録された三池炭鉱を日本、世界へ広くアピールするために、三池炭鉱で採掘された石炭を三池港に運んでいた「最古級炭鉱電車」を一般公開することにしました。
※現在は一般公開されていません。
展示場所は世界遺産・三池港に近い「三池炭鉱三川抗跡」を予定しています。

しかし、現在の保管場所から展示予定地に重さ何十トンの貴重な電車を1台移動し、適切な展示環境を整えるためには高額な運搬費用と展示施設の建設費用が発生します。
そこで、皆さんからご寄附いただいましたふるさと納税で「最古級炭鉱電車」を移動・展示させていただきます。
東洋の小さな島国であった日本が西洋の技術を吸収して、幕末から明治にかけて近代化を成し遂げました。その近代化を支えた1つが「三池炭鉱関連資産」です。
世界遺産を未来へ継承し、国内外にアピールしていくためにどうぞご協力をお願いします。
登録を記念して、特別なお礼の品をご用意!

当時の切符を世界遺産登録記念にアレンジしました!
硬券切符をお持ちの方は展示予定の炭鉱電車に乗り込んで写真を撮影できます。三川坑などに来られた方にはご希望で入鋏(改札)します。

5万以上寄付をされた方限定の特別特典
真鍮板(厚1mm)にエッチングでお名前を彫り、展示予定の炭鉱電車の枕木に釘で設置します。大きさは横12cm×縦10cmです。Contributor(寄付者)の●のところにあなたのお名前が入ります。
プレートには英語で、
明治日本の産業革命遺産:製鉄・製鋼・造船・石炭産業
三池炭鉱
ガバメントクラウドファンディング
~炭鉱電車の保存・展示~
寄付者 ●●● ●●●(寄付者のお名前をローマ字表記で記載します)
寄付(決済日)の日付
と記載されたあなただけのネームプレートになります。
ご自身ではなく、ご家族の名前にすることも可能です。
【11/20追加】
人気の真鍮製銘板に新たなサイズが登場!小・中・大の3サイズに!
世界遺産関連の展示場にあなたの名前入り銘板を展示します。
「9月のスタート時から5万の寄付で申込み受付中の銘板は中サイズ(横12cm×縦10cm)」で、新規追加は「3万円の小サイズ(横10cm×縦7.3cm)」と「10万円の大サイズ(横24cm×縦10cm)」です。

※追加前にご寄付をされた方へ※
10万円以上のご寄附されている方は大サイズ、3万円~5万円未満の寄付をされている方は小サイズに大牟田市で変更させて頂きます。
大牟田市よりメールやお電話でご連絡させて頂く場合がございます。
現在進捗情報はありません。
福岡県大牟田市

九州の中部に位置し、西は有明海に面しています。
現在では福岡県の自治体では5番目に人口が多いマチです。
かつては三池炭鉱の石炭資源を背景とした石炭化学工業で栄えました。炭鉱の閉山以降は、環境リサイクル産業(エコタウン)や企業誘致、地場産業の振興、高等教育機関の充実などに力を入れています。
現在の市の公式キャッチフレーズは『やさしさとエネルギーあふれるまち・おおむた』です。
2007年フォーブス誌「世界の最もきれいな都市トップ25位」に選定されました(アジアでは大牟田市を含む3市のみです)。
コメント投稿をありがとうございます!
あなたのその想いが
プロジェクトを動かしています。
投稿は順次、進捗情報ページへ反映されます。
反映まで数日かかることがあります。